活字書体をつむぐ

Blog版『欣喜堂立志篇』/『欣喜堂而立篇』

[漢字]10 書写系書体

10D-1 漢字書体「造像」のよりどころ

原資料 「長楽王丘穆陵亮夫人尉遅造像記」(四九五年) 造像記のなかで、とくに優れた20点が「龍門二十品」とされ、北魏真書の書蹟として知られている。その「龍門二十品」のなかでも「長楽王丘穆陵亮夫人尉遅造像記」(一般的には造像記中で弔われている息…

10D 魏碑体

西晋は仏教を積極的に取り入れたが、五胡十六国を制覇した北魏でも同じだった。孝文帝(467年—499年、在位:471年—499年)は漢化政策を急速に推し進め、洛陽へ遷都するとともに、さらに仏教に深く帰依した。これにともない国内の仏教信仰が極めて盛んになり…

10F-2 漢字書体「林佶」のよりどころ

原資料:『漁洋山人精華録』(1700年) 林佶(1660—1722)は清代の書家である。篆書、隷書、楷書、また篆刻を能くするということである。1712年(康熙51年)に進士となり、のち内閣中書になった。林佶による私刊本はよく知られている。『漁洋山人精華録』の…

10F-1 漢字書体「開成」のよりどころ

原資料:『開成石経』(837年 西安碑林博物館蔵) 西安碑林博物館の第一展示室には高さ2mの『開成石経』の石碑が114基保存されている。開成石経は唐の文宗皇帝・李昂が命じ、830年(大和4年)から837年(開成2年)までに艾居晦らの写字生によって真書で刻ま…

10F 楷書体

楷書は、草書と同様に隷書から発展したものだが、草書が簡単で速く書けることを求めたのに対し、謹厳で荘重な書体として発達した。楷書は、公式的な文書で使われる書体である。 楷の木は桧に似たウルシ科の常緑高木である。中国の曲阜の孔子廟に子貢が自ら植…

10E-2 漢字書体「花信」のよりどころ

原資料:『菊譜』(1758年、中国・国家図書館蔵) 『菊譜』は、趙子昂の書風にちかい流麗な行書風の書体で印刷されている。この書体は、静的なバランスをとって書かれており、全体を湾曲させたり、中心線を移動させたりというような工夫は見受けられない。ま…

10E-1 漢字書体「聖世」のよりどころ

原資料:『集王聖教序碑』(672年 中国・西安碑林博物館蔵) 集王聖教序は672年に碑刻され、長安(現在の西安)の弘福寺内に置かれた。いまは西安碑林にある。三蔵法師玄奘の翻訳完成を記念して、僧・懐仁が王羲之の行書筆跡から一文字一文字集めて文をつく…

10E 行書体 

行書は日常的な書写体として広く通用している。教育の場においても中学国語の書写分野で行書の毛筆・硬筆による書写が取り上げられている。 行書は隷書の走り書きからはじまった。草書に比べて厳格な書体、真書に対して柔軟な書体という感覚的な違いで大まか…

10C-1 漢字書体「詩草」のよりどころ

原資料 懐素(生没年不詳)の『草書千字文』 懐素(生没年不詳)の『草書千字文』は帛に書かれたものだ。この千字文は懐素の最晩年のもので、一字には一金の価値があるということから「千金帖」ともいわれている。懐素は中国・唐の書家であり僧でもある。

10C 草書体

草書は隷書を早書きしてできたものである。下書きとか個人的なメモの類のためのもので、本来は公式の場では使われない。 中国・唐代(618—907)においては、楷書(真書)が多くの能書家を輩出し頂点に達したといわれるが、草書もまた発展しており、独草体か…

10B-2 漢字書体「月光」のよりどころ

原資料:『河岳英霊集』(1878年、中国・国家図書館蔵) 中国・同治年間(1862−1874)に設立された官書局によって刊行された刊本は、おもに考証学と碑学の研究者によって主導されたので、文章の考証も厳格におこなわれた。 その牌記には、碑文などに印された…

10B-1 漢字書体「洛陽」のよりどころ

原資料:『熹平石経』(173年 中国・西安碑林博物館蔵) 石経とは石に刻した経典をいう。173年(熹平4)に東漢の霊帝が今まで伝えられた経書の標準のテキストを定めたのが「熹平石経」である。その書風は点画の太細の変化も波法の強調はなく、書法芸術として…

10B 隷書体

漢は、中国古代の王朝である。前202年、高祖劉邦〔りゅうほう〕が建国した。長安を都とする西漢(前202—8)と洛陽を都とする東漢(25—220)とに分かれる。両者の間に、王莽〔おうもう〕が建国した新による中断がある。 隷書体という名称は、秦時代の公式書体…

10A-1 漢字書体「泰山」のよりどころ

原資料 『泰山刻石』(前219年) 泰山は中国の山東省中部にある名山である。標高1,524mで、中国五岳のひとつにかぞえられる。中国全土を統一した始皇帝は、全国を巡視してその威風をしめすとともに名の知られた山に登っては遠望して神を祭った。とくに泰山で…

10A 篆書体

中国・秦代(前221—前207)には、始皇帝(前259—前210)が字体の統一を重要な政策として取り上げ、古文(甲骨文・金石文)を基礎として篆書を制定し、これを公式書体とした。古文を大篆というのにたいして、始皇帝の制定したものを小篆ということもある。 泰…