活字書体をつむぐ

Blog版『活字書体の総目録』

2014-08-01から1ヶ月間の記事一覧

02-5 和字書体「はなぶさ」のよりどころ

原資料:『少年工芸文庫第八編 活版の部』(博文館、1902年) 『少年工芸文庫』は全一二冊発行されている。著者の石井研堂(民司、1865—1943)は、民衆の立場から明治以来の日本の近代化を探求・記録した博物学者である。発売元の博文館は、明治時代には日本…

02-4 和字書体「さおとめ」のよりどころ

原資料:『尋常小學國語讀本 修正四版』(国光社、1901年) 西澤之助(1848—1929)は1888年(明治21年)に国光社を創立した。国光社は伝統的な女子教育の雑誌 『女鑑』 などで一定の地歩を占めるとともに、多くの教科書を発行している大手教科書会社でもあっ…

02-3 和字書体「かもめ」のよりどころ

原資料:『内閣印刷局七十年史』(内閣印刷局、1943年) 印書局は明治5年9月に創設されて、はじめは太政官正院の中におかれていた。明治7年に工部省製作寮所管の活版所(勧工寮が明治6年11月に廃止されて製作寮の所管に移る)を移管併合して、明治8年に大蔵…

02-2 和字書体「きざはし」のよりどころ

原資料:『長崎地名考』(香月薫平著、虎與號商店、1893年) 上巻・下巻・附録の三冊からなっている。上巻は「山川之部」で、まず長崎地名の由来が書かれている。下巻は「旧蹟之部」で、諸役所・旧蹟及祠堂墓所にわけられる。諸役所には出島などが、旧蹟及祠…

02-1 和字書体「はやと」のよりどころ

原資料:『二人比丘尼色懺悔』(尾崎紅葉、吉岡書籍店、1889年) 小説家・尾崎紅葉(1876-1903)は東京の生まれで、本名を徳太郎、別号を十千万堂という。山田美妙らと硯友社を興し、『我楽多文庫』を発刊した。代表作に『金色夜叉』などがある。 尾崎紅葉の…

02 和字オールドスタイル

長崎製鉄所主任だった本木昌造は、ウィリアム・ガンブルを活版伝習所の技師長として招聘した。ここでは活字鋳造法と活字版印刷術全般にわたる技術を伝授した。これがわが国の活字版印刷術の基礎となった。 まもなく長崎製鉄所付属活版伝習所は解散し、その源…

01-5 和字書体「あおい」のよりどころ

原資料:『歩兵制律』(川本清一訳、1865年、陸軍所) 大鳥圭介(1833—1911)は岡山藩の閑谷学校、緒方洪庵の適塾、江川英敏の塾で学ぶ。開成所洋学教授として幕府に用いられ、ついで歩兵指図役頭取に登用される。戊辰戦争では榎本武揚と共に函館五稜郭で抵…

01-4 和字書体「さきがけ」のよりどころ

原資料:『仮字本末』(伴信友著、三書堂、1850年) 『仮字本末』は、伴信友(1773—1846)の遺稿をその子信近が校訂し、長沢伴雄(1806—1859)の序を添えたうえで、江戸・大坂・京都の書肆から刊行された。刊本は上巻之上、上巻之下、下巻、付録の合計四冊か…

01-3 和字書体「ひふみ」のよりどころ

原資料:『神字日文伝』(平田篤胤著、1824年) 『神字日文伝』は、上巻、下巻、付録からなる。1819年(文政2年)に成立した。漢字伝来以前に日本に文字が存在したと主張する。『神字日文伝』には一字一字が独立したひらがながみられる。もともとの版下は書…

01-2 和字書体「うえまつ」のよりどころ

原資料:『古事記伝二十二之巻』(本居宣長著、1803年) 『古事記伝』は本居宣長の著作で、植松有信(1758−1813)の板木彫刻による。このうち二十二之巻などの一部の巻は植松有信の筆耕(板下書)によるものである。植松有信は名古屋で板木師をしていて『古…