活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

2 やまと 古活字版

安土桃山時代は、長い戦国争乱の状態から急速に統一が達成され、自由闊達な人間中心の文化が展開した。雄大な城郭・社寺などが造営され、内部を飾る華麗な障屏画が描かれる一方、民衆の生活を題材とした風俗画のジャンルが確立している。

 寛永年間(1624—1643)を中心とした文化は、桃山文化の豪華さを継承したものであった。その担い手は武士・町人で、幕藩体制確立期の文化である。建築では権現造の日光東照宮、数寄屋造の桂離宮などが知られている。絵画では幕府御用絵師で鍛冶橋狩野派の祖である狩野探幽(1602—1674)、宗達光琳派(琳派)の祖・俵屋宗達(生没年未詳)が活躍した。

 安土桃山時代にヨーロッパから伝来した金属活字版と、それを模して誕生した木活字版をあわせて、古活字版とよぶ。キリシタン版、嵯峨本などがあり、すでにプロポーショナル・ピッチやリガチュアが考えられている。

キリシタン版

イエズス会司祭のアレッサンドロ・ヴァリニャーノ(Alessandro Valignano 1530—1606)が、1590年(天正10年)に天正少年遣欧使節団をともなって2度目の来日をしたとき、印刷機、活字、その他の印刷機材一式が持ち込まれた。キリシタン版の出版はわずか22年間の歴史だったが、日本語を活字化する技術の高さには目をみはるものがある。

嵯峨本

京都の嵯峨で本阿弥光悦・角倉素庵らが、寛永以前の慶長・元和(1596—1624)にかけて刊行した嵯峨本は、おもに木活字をもちいて用紙・装丁に豪華な意匠を施した美本であった。これを嵯峨本といい、『伊勢物語』など13点が現存している。