活字書体をつむぐ

Blog版『欣喜堂立志篇』/『欣喜堂而立篇』

01-3 和字書体「ひふみ」のよりどころ

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原資料:『神字日文伝』(平田篤胤著、1824年)

神字日文伝』は、上巻、下巻、付録からなる。1819年(文政2年)に成立した。漢字伝来以前に日本に文字が存在したと主張する。『神字日文伝』には一字一字が独立したひらがながみられる。もともとの版下は書写されたものと思われるが、硬筆書写のような印象を受ける。

平田篤胤秋田藩士・大和田祚胤の4男で、幼名を正吉また胤行という。通称半兵衛のち又五郎、また大角、大壑とも称する。1795年(寛政7年)、20歳のとき脱藩して江戸に出て、さらに5年後、備中松山藩士の平田篤穏の養子となっている。1841年(天保12年)に、著作が幕府筋の忌むところとなり、著述差し止めのうえ国元帰還を命ぜられ、秋田藩士となった。

 

活字書体「ひふみM」

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