活字書体をつむぐ

Blog版『欣喜堂立志篇』/『欣喜堂而立篇』

07B-1 和字書体「いしぶみ」のよりどころ

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原資料:「槙舎落合大人之碑」(1891年頃、雑司が谷霊園

全国には多くの墓碑があるにもかかわらず、行書体の完全碑はほとんど見ることがない。数少ない例が落合直澄〔なおずみ〕(1840—1891)の顕彰碑である「槙舎落合大人〔うし〕之碑」(雑司が谷霊園1種4B号3側)である。この碑の篆額は枢密顧問官・佐々木高行(1830—1910)の揮毫である。

撰文は東京帝国大学文科大学教授・子中村清矩〔こなかむらきよのり〕(1821—1894)によるもので、その書写は華族女学校教科事業嘱託・阪正臣〔ばんまさおみ〕(1855—1931)の手になる。阪正臣は『桂宮万葉集』によって上代様を研究するとともに、漢字については王羲之の『十七帖』などに傾倒したといわれている。

 

活字書体「いしぶみM」

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