活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

8 モダン・ローマン体

フランス

フランスのフェルミン・ディド(1764—1836)は、ステムが直線的に構成されるという特徴がある新しい活字書体「ディド (Didot) 」を設計した。現在モダン・ローマン体として知られているスタイルである。

 ディド家は18世紀から19世紀にかけて、印刷者、出版者、活字鋳造業者、発明者、作家や知識人を輩出した家系であった。1800年ごろにはディド家ではフランスでもっとも重要な印刷所と活字鋳造工場を所有した。兄のピエール・ディド(1761—1853)によってフェルミン・ディドが設計した活字をもちいて印刷した出版物が発表された。

 なお「ライノタイプ・ディド」は1991年にアドリアン・フルティガーによって復刻されたものである。

イタリア

イタリアのジャンバティスタ・ボドニ(1740—1813)によって1790年以降に設計されたパルマ公国印刷所のあたらしいローマン体が「ボドニ (Bodoni) 」である。パルマ公国は18世紀ころにファルナーゼ家が統治していたが、現在はイタリアの一都市になっている。

 ボドニはイタリア・トリノ郊外のサルッツォで、印刷職人フランチェスコ・アゴスティーノ・ボドニの子として生まれた。父の初期教育ののちにトリノのマイアレッセ工房で修業し、さらにローマのカトリック教会の印刷工場では活字父型彫刻師としての評価をえるまでになった。

 28歳のときにパルマ公国印刷所に招聘されているが、ボドニが活字父型彫刻師として目覚めたのは50歳になってからだった。このときボドニは新しい活字書体設計にあたって、極細でブラケットのないセリフにして、コントラストのつよい直線的で機械的な外観をつくった。

イギリス

イギリスのリチャード・オースティン(?—1830)は、1809年から12年ごろにかけてグラスゴウウィリアム・ミラー活字鋳造所のために活字書体を手がけた。この書体は1813年の活字見本帳に紹介され、1909年にイギリスのモノタイプ社で再刻された。1936年には名前が「スコッチ・ローマン (Scotch Roman) 」に変更されている。

 スコットランドの印刷者のつくったローマン体という意味で名づけられた「スコッチ・ローマン」は、その類似書体もふくめて、19世紀から20世紀はじめにかけてイギリスとアメリカで急速にひろまっていった。

 アルバート・ハンサード(1821—1865)によって日本にもたらされた印刷物には、イギリスとアメリカで一般的だったスコッチ・ローマン系の活字書体がつかわれていた。つまり活字版印刷の黎明期に日本人が目にした欧字書体の多くは、このモダン・ローマン体だったのある。