活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

3-4 『偐紫田舎源氏』(柳亭種彦、1829年—1842年)

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偐紫田舎源氏』(柳亭種彦1829年—1842年)

 柳亭種彦(1783—1842)は江戸後期の戯作者である。江戸の人で、本名を高屋知久〔たかやともひさ〕、通称を彦四郎という。はじめ読本〔よみほん〕を発表、のち合巻〔ごうかん〕に転じた。

『偐紫〔にせむらさき〕田舎源氏』の偐紫とは作者がにせ紫式部だからであり、田舎源氏としたのは、ことばづかいがいなかくさいからだとしている。時代を室町時代の東山期にうつし、平安朝の宮廷のものがたりを室町幕府のできごとにあらためて、主役は光源氏ならぬ光氏〔みつうじ〕である。

偐紫田舎源氏』は1829年(文政12年)から1842年(天保13年)まであしかけ14年間かけて38巻だされたが、この38巻全部がすべて1万部売れたという空前のベストセラーだった。

 柳亭種彦は構想を練ると、何回か書き直しながら草稿を完成させた。つぎに人物の配置などをこまかく指定したデッサンを書き、その余白に草稿を推敲しながら写した。版元から、挿画の歌川国貞(1786—1864)と筆耕の千形道友または柳枝にまわされる。挿画と筆耕の写しがとどくと、種彦がさらに訂正・加筆したうえで彫刻師にまわす。彫刻は御家人の八木弥吉が内職でやっていたそうである。八木弥吉は、種麿と名のっている。このような手順のあと、印刷・製本をへてやっと一冊ができるのである。

 

活字書体「えどM」

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