活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

8-2 『武英殿聚珍版程式』(1776年 武英殿)

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『武英殿聚珍版程式』(1776年 武英殿)

清朝におけるもっとも盛大な編纂計画は乾隆帝(在位:1735−1795)の時代に完成した写本の『四庫全書』である。さらに乾隆帝は『四庫全書』のなかから重要な書物を選んで、木活字で大量に印刷させた。

 金簡(?−1794)が木活字による刊行を提案し、乾隆帝によって採用されたものである。武英殿の木活字で刊行された双書は『武英殿聚珍版双書』と称され、宮廷用の5部と一般販売用の300部が刊行された。金簡は、この木活字の製作と印刷作業の過程と経験をまとめて、詳細な文章と明瞭な挿し絵で『武英殿聚珍版程式』(1776年)という印刷専門書を著した。

 金簡は金佳氏族で、満洲正黄旗の出身である。はじめ内務府漢軍に属したが、乾隆年間に内務府筆帖式に任ぜられ、1772年(乾隆37年)、総管内務府大臣に進んだ。四庫館副総裁となって『四庫薈要』の編纂に従事し、遼・金・元三史の地名・人名・官名の改訳にあたった。のち工部尚書となり、盧溝橋水道の浚渫などを行なった。1792年(乾隆57年)、吏部尚書に転じた。

『武英殿聚珍版程式』は出版事業報告書であったとともに、活字版印刷の技術書でもあった。その内容は、成造木子(駒の作り方)・刻字・字櫃(文選ケース)・槽版(組ゲラ)・夾條(インテル)・頂木(込物)・中心木(鼻掛)・類盤(文選箱)・套格(罫版)・擺書(拾い組)・墊版(ムラ取)・校對(校正)・刷印(印刷)・帰類(解版および返版)という各工程の説明と、逐日輪轉辧法(工程管理)からなっている。