活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

7 トランジショナル・ローマン体

イギリス

トランジショナルとは「過渡期の」という意味の形容詞である。オールド・ローマンからモダン・ローマンへの過渡期のローマン体ということだ。

 代表的なトランジショナル・ローマン体が「バスカーヴィル (Baskerville) 」である。イギリスのジョン・バスカーヴィル(1706—1775)の活字は、オールド・ローマンの影響を残しながらも、コントラストを強めた水平垂直にちかい骨格になっている。

 バスカーヴィルはイギリス中南部のウィスター州で生まれた。17歳のころからカリグラフィの教師をするかたわら、石彫の仕事もしていた。30代になると漆器業で成功をおさめ、イージー・ヒルと名づけたバーミンガムの広大な土地を購入している。

 バスカーヴィルは1750年、44歳のときに印刷業に取り組みました。活字父型彫刻師のジョン・ハンディ(?—1793)を雇って、イージー・ヒルの工房で書体設計の地道な研究と実験をくりかえした。

 1757年に出版された古代ローマの詩人ウェルギリウスの『田園詩と農事詩』は、グレート・プライマー(18pt相当)のバスカーヴィル活字で組まれている。1758年にはミルトン著『失楽園』を出版したあと、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学の大学出版局で、聖書の印刷にかかわることになる。バスカーヴィルは活字だけではなくて、印刷インキや製紙など印刷技術の向上にも努めている。

フランス

フランスのピエール・シモン・フールニエ(1712—1768)の「フールニエ (Fournier) 」もトランジショナル・ローマン体である。フールニエ活字はバスカーヴィル活字と同様に、画線の縦横比が大きく、均質で整理されているという特徴をもっている。

 フールニエはパリで生まれ、父ジャン・クロードの郷里であるオセールで暮らした。17歳の時フランスの宮廷文化の華やかなロココ時代のパリに戻り、サン・リュックのアカデミーで絵画をまなんだ。

 その後フールニエは1736年に金属活字の制作をはじめた。1742年に刊行された『印刷活字見本』は世界各地に10部が現存していることが知られている。この活字書体見本帳には1737年に活字サイズの体系をまとめた「比例対照表」もふくまれている。

 フールニエは1764年に『タイポグラフィの手引き』第一巻を、1766年(実際には1768年)に第二巻を刊行している。第一巻は活字父型の彫刻と鋳造について詳細に解説され、第二巻にはフールニエが制作したほとんどの活字書体見本が掲載されている。

 フールニエが考案した印刷活字のためのポイント・システムの原理は、現在にも息づいている。