活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

6 スクリプト体

チャンセリー・バスタルダは印刷用活字書体として成立し、イタリック体として発展していったが、その一方で、個人的で優美な曲線への欲求は銅版印刷へとむかった。

 銅版印刷とは、銅製の一枚板を使った凹版印刷の一種である。活字版が陽刻・凸状の版になるのにたいし、凹版は陰刻・凹状の版になる。その素材として銅が多く使われたために、凹版印刷のことを一般的に銅版印刷と呼ぶこともある。

 金属板にじかに彫刻する方法(エングレーヴィング)での銅版印刷は1420年から1430年ごろにかけてドイツとイタリアではじめておこなわれた。17世紀以降には腐食銅製技法エッチング)が主流になったが、フランス宮廷ではエングレーヴィングを銅版印刷の唯一の製作技法と認めていた。

 この時期に活躍したのがアヴィニョン教皇庁の書記官リュカ・マトゥロである。リュカ・マトゥロの書法はチャンセリー・バスタルダをもとにしながらも、銅版の特徴である自在性をさらにすすめた。それまでには見られなかった筆脈のつながりや、装飾的なストロークをもっていた。

ロンド

リュカ・マトゥロに継ぐ書家として、ルイ・バルブドールとルイ・スノーがあげられる。ふたりはマトゥロのチャンセリー・バスタルダを継承する一方で、伝統的な手書き書法であるゴシック系スクリプト体をもとに活字父型彫刻師ロベール・グランジョンが製作した「シヴィリテ」の系譜の文字も書いている。シヴィリテの系譜の文字は、直立した丸い文字形象のスクリプト体「ロンド」と呼ばれるようになった。

 一九世紀中期以降になってからは、フランスのドベルニ・アンド・ベイニョ活字鋳造所が「ロンド・モデリヌ」を復刻させた。またアメリカでは1882年のブルース・アンド・サン活字鋳造所の「セレクタリー」、1906年のアメリカ活字鋳造会社の「ティファニー・アップライト」が発売された。

 1970年に、イギリスのタイプ・デザイナー、マシュー・カーター(1937— )がハンス・イュルク・フンツィカーと組んで制作した「ガンドー・ロンド (Gando Rondo) 」は、パリのガンドー家のロンド活字をもとにしたものである。

バスタルダ・クゥレ

ピエール・シモン・フルーニエ(1712—1768)は、書家ロシニョールの手書き文字をもとにした活字を「バスタルダ・クゥレ」となづけて、ロンド活字とともに活字見本帳(1749年)に掲載した。ロシニョールの文字は、チャンセリー・バスタルダとロンドが折衷されたようなものであった。「バスタルダ・クゥレ」はロンドをチャンセリー・バスタルダのように傾斜させて縦線と横線のコントラストを弱めた活字書体である。

 バスタルダ・クゥレは19世紀中期以降には復刻されることはほとんどなかった。その理由は、チャンセリー・バスタルダやロンド、あるいはイタリック体のなかで、存在価値を失ったためであると見なされたためだろう。

ラウンド・ハンド

 チャンセリー・バスタルダを源流にして、エングレーヴィング技法のなかで育まれてきた銅版文字を、鋭くカットされたペンによって模倣したのがラウンド・ハンドである。ラウンド・ハンドはリュカ・マトゥロのチャンセリー・バスタルダよりも傾斜角度がつよく、筆写の速度が感じられる。

 ラウンド・ハンドを代表するのがイギリスの書家であるチャールズ・スネル(1667—1733)であった。スネルは1723年に『ラウンド・ハンドの基本原則』を刊行して、ラウンド・ハンドの書法を説いている。

 ラウンド・ハンドとしては、1952年になってドイツのタイプ・デザイナー、ヘルマン・ツァップ(1918— )の手がけた「ヴィルトゥオーサ (Virtuosa) 」が、ドイツのステンペル活字鋳造所から発売されている。この書体はノン・ジョイニング・レターで、効率的に活字組版ができるものである。

 つづいてマシュー・カーターは、1966年にチャールズ・スネルのラウンド・ハンドを復刻した「スネル・ラウンドハンド (Snell Roundhand) 」を、1972年にはジョージ・シェリー(1666—1736)のラウンド・ハンドを復刻した「シェリー (Shelly) 」を発表している。

スクリプト

ラウンド・ハンドは、そののち個性的で装飾的な面をそぎ落とされた「スクリプト体」となり、イギリスやアメリカの教育現場で筆記体の模範書体として広まった。

 20世紀に入ってからのイギリスのスクリプト体として、スティヴンスン・ブレイク社が発売した「パレス・スクリプト (Palace Script) 」があげられる。パレス・スクリプトは1923年にはモノタイプ社からも発売されている。この書体の傾斜角度はラウンド・ハンドよりもさらに傾けられ、イタリック体との違いを明確にしている。

 ドイツでは1943年にバウワー活字鋳造所が「グラフィック・スクリプト」を発売、フランスのドベルニ・アンド・ベイニョ活字鋳造所も「カリグラフィーク」を発売している。アメリカ活字鋳造会社でも1906年に「コマーシャル・スクリプト」などを発売している。