活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

9-1『和英通韻以呂波便覧』(巻菱湖書、土佐・海援隊、1868年)

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『和英通韻以呂波便覧』(巻菱湖書、土佐・海援隊、1868年)

書方手本ではないが、幕末の三筆のひとりである巻菱湖の書いたひらがなを版下としたのが海援隊の初歩的英語教科書 『和英通韻伊呂波便覧』である。出版時に巻菱湖はすでに没しているので、すでに書かれていたものを版下として用いたのだろう。

 巻菱湖は江戸後期の書家で、幕末の三筆のひとりにあげられる。その端正で明快な書風は欧陽詢の書法を探求したもので、菱湖流と呼ばれて明治初期まで広く流行した。

『和英通韻伊呂波便覧』の通韻とは、もともとは漢詩で近接する音調をもつ異種の韻字を通用して韻を踏むことだが、ここでは音の似たもの同士をならべるということである。便覧は物事の内容を知るのに便利で調べやすいように編集した小型版の書物で、いわゆるハンドブックのことだ。

 初歩的英語教科書『和英通韻伊呂波便覧』は、海援隊が版権を所有し、尚友堂が発行者である。1868年(慶応4)年4月に、海援隊は藩命によって解散させられているので、解散寸前に龍馬の海外発展の夢を継ぐ隊士たちによって出版されたものだと推定される。

 海援隊隊士が航海術や政治学、語学などを学ぶ学校でもあった。とくに長崎で西洋人と貿易したので一般人が通訳を介せず 話ができるように考えたようだ。こういう状況から『和英通韻伊呂波便覧』が出版された。

 

活字書体「まきM」

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