活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

1 やまと 写本

写本とは、手書きで書き写して巻子本、冊子本としたものである。木版、木活字版、銅活字版で印刷された冊子を「刊本」という。とくに木版で印刷したものを「版本」ともいう。

 書道においては「色紙」などを軸装したものが観賞用としてもっとも評価されているようだが、活字書体の源流として見る場合には、あくまで読むための、あるいは記録するための「写本」をとりあげることにしたい。

 平安時代中期から鎌倉時代末期の尊円法親王までの『古今和歌集』の写本の書風のうつりかわりをみていくことにする。書写年代によって書風がことなっている(「切〔きれ〕」も、もともとは冊子本であった)

 『元永本』

完本としては最古の古今和歌集である。11世紀から12世紀の前半にかけては、藤原行成の子孫である世尊寺〔せそんじ〕家によって書風の根幹が形成される。

『今城切〔いまぎぎれ〕

古今和歌集』は鎌倉時代にも多くの写本が作成されている。『今城切』は側筆で書かれており、鎌倉時代に流行した法性寺流書風の典型とされている。

『昭和切』

古今和歌集』上巻(巻一—巻十)の写本の断簡である。藤原俊成の書。もともとは綴葉装の冊子本だったが、上巻一冊が切断された1928年(昭和3年)にちなんで、「昭和切」という名称になっている。

『伊達本』

藤原定家も『古今和歌集』の書写を何度も試みており、少なくとも16本の定家自筆『古今和歌集』が存在したと考えられる。そのうち、1227年(安貞元年)に書写されたといわれているもので、「伊達本」と呼ばれている。

『能勢切』

御家流は和様書法の流派のひとつである。尊円法親王は、穏やかさと力強さをあわせ持った書風「青蓮院流」を創始した。尊円法親王の書とされるものが古今集写本「能勢切」である。