活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

3-2 『大方廣佛華巖経』(990年—994年 龍興寺)

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『大方廣佛華巖経』(990年—994年 龍興寺

杭州龍興寺で刊行された『大方廣佛華巖経』は、1折5行、1行に15字があり、折本のもっとも普遍的な体裁である。

華厳経』は、すでに成立していた別々の独立経典を四世紀中葉以前に中央アジアのコータンあたりにおける大乗仏教の人々によって集成・編纂されたものであった。武則天〔ぶそくてん〕(623—705)が、旧訳の華厳経に不備があり、遠くホータンには梵本があることを聞き、使者を派遣して梵本を求めさせ、併せて訳経者も捜させた。そこで実叉難陀(652—710)が、695年(証聖元年)に洛陽に来朝し、大偏空寺で訳経を開始した。

 漢訳経題を『大方廣佛華巖経』という。中国の華厳学者たちは、これを「偉大(大)で、正しく(方)、広大(広)な、仏の世界(仏)を、菩薩の様々な実践の花(華)によって飾る(厳)ことを説く経」という意味に解釈している。しかし、この経題の原題とその漢訳の関係から考えると、なかなか簡単には決着をつけられないともいわれている。

 

活字書体「方広」

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