活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

5 元朝体

元はモンゴル(蒙古)帝国第五代皇帝の忽必烈〔フビライ〕が1271年に建国した。首都は大都(現在の北京)である。のちに南宋を滅ぼして中国を統一し、高麗〔こうらい〕(朝鮮半島)・安南(ベトナム中部)・タイ・ビルマなどをも従えて大帝国を築いたが、1368年に明の太祖・朱元璋〔しゅげんしょう〕によって滅ぼされた。

 中国・元代(1271—1368)は漢民族圧迫政策により書物の出版にはきびしい制限が加えられたが、それでも福建地方の民間出版社では多くの書物を刊行している。民間出版社の書物を「坊刻本」という。

福建刊本

福建省北部の建陽、建安(現在の建甌)は、福建地方の出版の中心地だった。福建地方の出版社では、宋代では余仁仲の万巻堂が知られているが、元代になると余志安の勤有書堂が有名になった。

 余氏の勤有書堂のほかにも、虞氏の務本堂による『趙子昂詩集』、劉氏の日新堂による『広韻』なども知られており、同じような字様になっている。ほかに呉氏の徳新堂による『四書章圖簒釋』などがある。

 その字様は趙子昂(1254—1322)の書風によるとされる。書誌学では「趙子昂体」「松雪体」と呼ぶこともあるが、楷書体系統の漢字書体は中国のそれぞれの王朝の時代をあらわす名称で呼ばれているので、活字書体としては元朝体ということにする。元朝体は福建地方の民間出版社からつくりだされた書体であるといえる。