活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

参考:御家流(日本独自の書写体)

平安中期に「ひらがな」が成立すると漢字もまた和様化がすすんだ。和様体とは中国(隋・唐)から伝来した真書(楷書)・行書・草書とはことなった日本固有の書体である。平安中期の藤原行成の子孫によって継承された書法の流派「世尊寺〔せそんじ〕流」、平安後期の藤原忠通を祖とする法性寺〔ほっしょうじ〕流、鎌倉末期の尊円〔そんえん〕法親王(1298—1356)の青蓮院〔しょうれんいん〕流がある。

江戸時代になると、青蓮院流は御家流と呼ばれて、調和のとれた実用の書として広く一般大衆に定着していった。徳川幕府は早くからこの御家流を幕府制定の公用書体とし、高札や制札、公文書にもちいるように定めた。さらに寺子屋の手本としても多く採用されたことで大衆化して、あっという間に全国に浸透した。

御家流臨泉堂(生没年不詳)書による『御家千字文』(1814年 江戸書林)と趙子昂の『行書千字文』を比較してみると、一見しただけでまったく別のものであることがわかる。御家流のもっとも大きな特徴は、Sを横に寝かせたようなうねりをもっていることである。

 

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そのうねりをさらに強調したのが、御家流から派生し歌舞伎でもちいられる「勘亭流」である。