活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

参考:草書体

草書は隷書を早書きしてできたものである。下書きとか個人的なメモの類のためのもので、本来は公式の場では使われない。

 中国・唐代(618—907)においては、楷書(真書)が多くの能書家を輩出し頂点に達したといわれるが、草書もまた発展しており、独草体から連綿体、狂草体を生んでいる。孫過庭(648?—703?)は王羲之の書法を学んで草書にすぐれ、また論書家として『書譜』を著している。

 晋代においても、紙は高価なものであった。竹を細長い平面に加工した竹簡がつかわれた(中国北部では竹のかわりに木を代用した)。竹簡を糸で編んで冊がつくられた。紙がひろく一般にも使われるようになったのは南北朝以降のことである。晋時代の簡冊に書かれたのは、章草から草書に変わっていった。

 帛は書物の材料としての絹布のことである。簡冊とはことなりすき間がないために、絵や図の記録にはふさわしいものだった。ちなみに紙という文字も、糸偏ということからもわかるように、もともとは織物の書写材料の通称だったようだ。また竹帛とは、竹や帛に文字をしるしたところから、書物、特に歴史書をさすことばである。

 懐素(生没年不詳)の『懐素草書千字文』(799年)は帛に書かれたものだ。この千字文は懐素の最晩年のもので、一字には一金の価値があるということから「千金帖」ともいわれている。懐素は中国・唐の書家であり僧でもある。

 

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