活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

0-1 漢字誕生

[甲骨文]

 甲骨文は、亀の甲や牛の骨に刻んだ文字である。商時代の人々は、日常の全ての行為と現象に対してまず占いをおこなった。そこにあらわれた「ひび割れの形」で神の返答を判断した。その甲や骨には「いつ誰がどのようなことを占ったのか」を文字で刻んだ。さらに王がそのひびを見て判断した吉凶の予測、結果として起こった出来事などを記した。東京・書道博物館所蔵の『甲骨大版』(商時代)は、日本国内で所蔵されている甲骨の中では最大のものだ。このように原形をとどめている大きなものは、たいへん少数だそうだ。刀で掘った文字なので、筆画が直線的になっている。

 [金文]

 金文は、銅器に鋳こまれた銘文のことである。その銅器を製作した氏族の名や祖先神の名を表した簡単な銘文から、その銅器のいわれを述べた長文のものまである。文字は、粘っこい曲線になっている。京都・藤井有鄰館所蔵の『小克鼎』(西周時代)がある。『小克鼎』は器の内側に8行72文字からなる銘文が鋳こまれている。克という人が、応という人の命令によって成周(今の洛陽)に行き、八軍団の閲兵を行った記念として、祖父を祭ったこの鼎を作ったということが述べられている。

 [石鼓文]

 唐初期に陝西省鳳翔府天興県で出土した10基の花崗岩の石碑(戦国時代)は石鼓〔せっこ〕とよばれる太鼓のような形の石で、そこに刻まれた文字を「石鼓文」という。現在は北京・故宮博物院に所蔵されている。この「石鼓文」は、現存する中国の石刻文字資料としては最古のものだそうだ。狩猟を描写した詩が刻まれており、当時の狩猟をはじめとする王の暮らしがわかる文献である。また、始皇帝の文字統一以前に用いられた「大篆」のひとつであり、周王室の史官、史籀しちゅうの書いた文字として「籀文〔ちゅうぶん〕」ともよばれている。