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タイプフェイスデザイン・探訪1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

[漢字]03 銘石体/魏碑体/経典体

3-2 『大方廣佛華巖経』(990年—994年 龍興寺)

『大方廣佛華巖経』(990年—994年 龍興寺) 杭州の龍興寺で刊行された『大方廣佛華巖経』は、1折5行、1行に15字があり、折本のもっとも普遍的な体裁である。 『華厳経』は、すでに成立していた別々の独立経典を四世紀中葉以前に中央アジアのコータンあたりに…

参考:魏碑体

西晋は仏教を積極的に取り入れたが、五胡十六国を制覇した北魏でも同じだった。孝文帝(467年—499年、在位:471年—499年)は漢化政策を急速に推し進め、洛陽へ遷都するとともに、さらに仏教に深く帰依した。これにともない国内の仏教信仰が極めて盛んになり…

3-1 「王興之墓誌」(341年)、『王興之妻宋和之墓誌』(348年)

「王興之墓誌」(341年) 『王興之墓誌』は1965年に南京市郊外の象山で出土した。王興之は王羲之の従兄弟にあたる。この墓誌銘の裏面には、王興之の妻であった宋和之の墓誌すなわち『王興之妻宋和之墓誌』(348年)が刻まれている。 「王興之墓誌」や「王興…

3 銘石体/魏碑体/経典体

銘石体漢王朝のあとに中国を統一したのは晋王朝であるが、三国時代と南北朝時代にはさまれて、我々の意識の中では埋没しているようだ。 東漢の滅亡後、280年の晋の統一まで、魏・蜀・呉の三国が天下を三分し、互いに抗争した時代を「三国時代」という。晋は…