活字書体設計1

[活字書体をつむぐ]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

[漢字]01 隷書体・行書体・楷書体(碑刻と書写)

1-3 『開成石経』(837年 西安碑林博物館蔵)

『開成石経』(837年 西安碑林博物館蔵) 西安碑林博物館の第一展示室には高さ2mの『開成石経』の石碑が114基保存されている。開成石経は唐の文宗皇帝・李昂が命じ、830年(大和4年)から837年(開成2年)までに艾居晦らの写字生によって真書で刻まれた。開…

1-2 『集王聖教序碑』(672年 中国・西安碑林博物館蔵)

1-2 『集王聖教序碑』(672年 中国・西安碑林博物館蔵) 集王聖教序は672年に碑刻され、長安(現在の西安)の弘福寺内に置かれた。いまは西安碑林にある。三蔵法師玄奘の翻訳完成を記念して、僧・懐仁が王羲之の行書筆跡から一文字一文字集めて文をつくり、…

参考:草書体

草書は隷書を早書きしてできたものである。下書きとか個人的なメモの類のためのもので、本来は公式の場では使われない。 中国・唐代(618—907)においては、楷書(真書)が多くの能書家を輩出し頂点に達したといわれるが、草書もまた発展しており、独草体か…

1-1 『熹平石経』(173年 中国・西安碑林博物館蔵)

『熹平石経』(173年 中国・西安碑林博物館蔵) 石経とは石に刻した経典をいう。173年(熹平4)に東漢の霊帝が今まで伝えられた経書の標準のテキストを定めたのが「熹平石経」である。その書風は点画の太細の変化も波法の強調はなく、書法芸術としては表情に…

1 隷書体/行書体/楷書体(碑刻と書写)

隷書体 漢は、中国古代の王朝である。前202年、高祖劉邦〔りゅうほう〕が建国した。長安を都とする西漢(前202—8)と洛陽を都とする東漢(25—220)とに分かれる。両者の間に、王莽〔おうもう〕が建国した新による中断がある。 隷書体という名称は、秦時代の…

参考:篆書体

中国・秦代(前221—前207)には、始皇帝(前259—前210)が字体の統一を重要な政策として取り上げ、古文(甲骨文・金石文)を基礎として篆書を制定し、これを公式書体とした。古文を大篆というのにたいして、始皇帝の制定したものを小篆ということもある。 泰…