活字書体設計1

[欣喜堂 座右之友]日本・中国・欧米の書写と印刷の歴史に育まれた書体をまとめています。

ほしくずやと欣喜堂のコラボレーション

「ほしくずやコレクション」は既成書体と組み合わせることにしていたが、「漢字書体二十四史」「漢字書体十二州」との組み合わせをテストしてみることにした。 また、「ほしくずやコレクション」21書体と組み合わせる欧字書体を考えたとき、「欧字書体十二宮…

日本語書体十二撰の考え方

和字書体を中心に考えれば、組み合わせる漢字書体はいくつも考えられる。それによって多数の日本語書体ができることになる。また漢字書体を中心として考えれば、これまたいくつもの組み合わせが可能となる。 また漢字書体も、中国における刊本字様として欧字…

和字・漢字・欧字書体の混植

漢字・和字・欧字書体の調和 現代日本語の表記が漢文訓読文から発展したと考えれば、日本語書体は漢字が中心である。漢語や語幹を漢字で書くという文章の構造からいっても、漢字を軸として和字や欧字を交えるとするのが本筋のようでもある。 近代金属活字が…

漢字・欧字書体の伝来と和字書体

漢字書体は中国から伝来した 江戸時代にわが国に明朝体による刊本がもたらされ、南京国子監本『南斉書』の覆刻した和刻本『南斉書』、楞厳寺版『嘉興蔵』を覆刻した鉄眼版『一切経』などのように、覆刻によって定着していった。 漢字は中国から輸入したもの…

漢字書体を変えればイメージが変わる

漢字書体を変えればイメージが変わる わが国の近代活字揺籃期の活字見本帖である『BOOK OF SPECIMENS』(平野活版製造所、1877年)には、漢字書体・和字書体・欧字書体がそれぞれ明確にわけられて掲載されている。 ひとつの和字書体を複数の漢字書体と組み合…

書法芸術としての調和体(漢字かな交じり書)

尾上柴舟によって唱えられた「調和体」 「調和体」とは漢字とかなとを調和よく書いた書をいう。書道は基本的に、「漢字」「かな(和字)」「調和体」というジャンルで構成されている。調和体という名称は、尾上柴舟(1876―1957)によって唱えられた。「粘葉…

11-1 『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)より「五號ゴチック形文字」

19世紀の呉竹体の見本としては、『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)の86ページに掲載されている「五號ゴチック形文字」がある。20世紀の呉竹体に比べるときわめてシンプルで、棒のようなもので書いたイメージがある。 この「五號ゴチック形文字」に…

10-1 『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)より「五號アンチック形文字」

漢字書体としての安智体としては、『座右之友』(東京築地活版製造所、1895年)の86ページおよび『富多無可思』(青山進行堂活版製造所、1909年)の47ページに掲載されている「五號アンチック形文字」がある。 「五號アンチック形文字」は、もともと江戸時代…

(参考)現在のデジタルタイプから12

Gill SansEric Gill,1928-1932(Monotype)「ギル・サン」は、エリック・ギル(1882-1940)によって設計され、1928年と1932年の間にモノタイプ社が発表しました。より古典的であり、ペンで書かれた文字にルーツを持っているので、ヒューマニスト・サンセリフに…

(参考)現在のデジタルタイプから11

Akzidenz Grotesk Next2007(Berthold)「アクチデンツ・グロテスク」は、ヘルマン・ベルトルト(1831-1904)のベルトルド活字鋳造所が1896 年に発表したサンセリフ体で、後に誕生した「ヘルヴェチカ」のもとになったとも言われています。2007年には「アクチデ…

(参考)現在のデジタルタイプから10

ClarendonHermann Eidenbenz,1953(Linotype)「クラレンドン」は、1845年にデザインされたオリジナルをもとに、1953年に、エドアール・ホフマンのもとでヘルマン・アイデンベンツ(1902-1993)によって復刻されました。 RockwellFrank Hinman Pierpont,1934(M…

(参考)現在のデジタルタイプから09

Century Old StyleMorris Fuller Benton,1906(Monotype)「センチュリー・オールドスタイル」は、フラー・ベントン(1872-1948)が、リン・ボイド・ベントン(1844—1932)とモリス・テオドール・ロゥ・デ・ヴィネ(1828—1914)によって1895年に制作された書体…

(参考)現在のデジタルタイプから08

DidotAdrian Frutiger, 1991 (Linotype)「ディド」は、1783年にパリでファーミン・ディド(1764−1836)によって設計された書体をベースに、1991年にデジタルタイプとして、アドリアン・フルティガー(1928−2015)によって設計されました。 BodoniGiambattist…

(参考)現在のデジタルタイプから07

BaskervilleJohn Baskerville,1706-1775 (Linotype)「バスカーヴィル」は、ジョン・バスカーヴィル(1706−1775)の活字書体をモデルに、1923年にジョージ・ウィリアム・ジョーンズ(1860-1942)によって複刻されました。 Fournier Pierre Simon Fournier,171…

(参考)現在のデジタルタイプから06

Snell RoundhandMattew Carter, 1965 (Linotype)「スネル・ラウンドハンド」は、17世紀後半のチャールズ・スネル(1667−1733)の書字をベースに、マシュー・カーター(1937− )によって1965年に制作されたスクリプト体です。 ShelleyMattew Carter,1972 (Lin…

(参考)現在のデジタルタイプから05

Van DijckRobin Nicholas, 2001 (Monotype)「ファン・ダイク」は、2001年にモノタイプ社のロビン・ニコラス(1947– )によって、17世紀のオランダを代表する活字父型彫刻師クリストフェル・ファン・ダイク(1601–1669)の活字書体を復刻した書体です。 Adobe…

(参考)現在のデジタルタイプから04

BemboAldus Manutius, Francesco Griffo,Frank Hinman Pierpont,1929 (Monotype)「ベンボ」は1929年に、モノタイプ社のフランク・ヒンマン・ピアポント(1860-1937)がデザインした書体です。ビエトロ・ベンボの著作『デ・アテナ』を印刷するために、1495年…

(参考)現在のデジタルタイプから03

Blado Ludovico Degli Arrighi, Stanley Morison, 1923 (Monotype) 「ブラドー」は、1526頃に制作されたアルダス・マヌティウスとルドヴィコ・デリ・アリッギの活字に基づいて、1923年にスタンリー・モリソン(1889-1967)によって復刻されたイタリック体で…

(参考)現在のデジタルタイプから02

Adobe Jenson Robert Slimbach, 1990 (Adobe) 「アドビ・ジェンソン」は、ニコラ・ジェンソンのローマン体をもとに、ロバート・スリムバック(1956- )によって設計された書体です。 Centaur Nicoras Jenson, Bruce Rogers, Frederic Warde,1928-1930 (Monot…

12-2 『フツーラ書体見本帳』(バウワー活字鋳造所、1927年)より

パウル・フリードリヒ・アウグスト・レンナー(1878−1948)は、バウワー活字鋳造所との共同作業によって、幾何学的な考え方で制作された書体「フツーラ(Futura)」を1927年に発表しました。そこで『フツーラ書体見本帳』から抽出したキャラクターをベースに…

12-1 『ザ・フローラン』(1930年)より

碑文彫刻家のエリック・ギル(1882−1940)は、モノタイプ社のためにサン・セリフ体「ギル・サン (Gill Sans) 」を設計し、1928年に発表しました。そこで、『ザ・フローラン』(1930年)のエリック・ギルの特集記事での組見本などから抽出したキャラクターを…

11-1 『ノイエ・グラフィーク』(1958年)より

「アクチデンツ・グロテスク (Akzidenz Grotesk) 」は、1898年にドイツ・ベルリンのベルトルド活字鋳造所が製作した活字書体です。 そこで『ノイエ・グラフィーク』(1858年)所収の使用例から抽出したキャラクターなどをベースに、日本語組み版に調和するよ…

10-1『印刷活字総合見本帳』(ファン・ストリート活字鋳造所、1857年)

ロバート・ベズリによる「クラレンドン (Clarendon) 」は1845年にイギリスのファン・ストリート活字鋳造所でうまれました。その名称はオックスフォード大学の印刷所だったクラレンドン・プレス(大学の総長をつとめたクラレンドン伯爵を冠する)に由来すると…

9-1 『アメリカ活字鋳造会社活字書体見本帳』(1906年)

デ・ヴィネ・プレスが印刷していた雑誌『センチュリー・マガジン』のための専用書体としてテオドール・ロゥ・デ・ヴィネ(1828—1914)が設計し、リン・ボイド・ベントン(1844—1932)がみずからの彫刻機をもちいて1895年に作られたのが「センチュリー」です…

8-1 『チメリオ・ティポグラフィコ』(1990年 復刻版)

ジャンバティスタ・ボドニ(1740−1813)は、パルマ公国印刷所のあたらしいローマン体を設計しました。モダン・ローマン体のうち、代表としてボドニの書体を選択、『チメリオ・ティポグラフィコ』(1990年 復刻版)から抽出したキャラクターをベースに、日本…

7-1 『田園詩と農事詩』(1757年)

ジョン・バスカーヴィル(1706−1775)の活字は、オールド・ローマンの影響を残しながらも、コントラストを強めた水平垂直にちかい骨格になっています。代表的なトランジショナル・ローマン体として、バスカーヴィル活字を選択しました。 そこでバスカーヴィ…

6-1 『活字書体見本帳』(フライ・アンド・スティール活字鋳造所、1795年)

チャンセリー・バスタルダは印刷用活字書体として成立し、イタリック体として発展していきましたが、その一方で、個人的で優美な曲線への欲求は銅版印刷へとむかっていきました。 金属板にじかに彫刻する方法(エングレーヴィング)での銅版印刷は1420年から…

5-1 『The Diary of Lady Willoughby』(1844年)

18世紀のイギリスはオランダのローマン体が流行していましたが、ウィリアム・キャズロン(1692−1766)の活字は、洗練さをくわえたことによって「イギリス風で快い」という称賛をえたのです。 そこで後期オールド・ローマン体のキャズロン活字(再鋳造)が使…

4-1 『ミラノ君主ヴィスコンティ家列伝』(1549)

ヴェネチアのアルダス・マヌティウス(1449−1515)の工房において、フランチェスコ・グリフォ(1450?−1518?)の手になる活字書体が誕生し、ビエトロ・ベンボ(1470−1547)の著作『デ・エトナ』(1495−1496)に使われました。さらにパリのクロード・ギャラモ…

3-1 『Vita sfortiae』(1539年)

ヒューマニストのあいだで流行していたチャンセリー・バスタルダを、はじめて金属活字として鋳造したのがヴェネチアの印刷人アルダス・マヌティウス(1449−1515)と、活字父型彫刻師フランチェスコ・グリフォ(1450?−1518?)でした。 16世紀には、手書き書法…